きつく固めてた蛇口が少しずつ緩められていってる感覚
強迫性障害…簡単に言うと「こうあらねばならない」「本当はこうなんじゃないか」という強いこだわりや不安に囚われてしまう障害。僕も軽~中等度の症状だと言われた。
数年前に。
その時に安心したのを覚えている。
これは抗うつ薬が効いたときと同じ安心感。
「あ、これは病気なんだ。異常な状態で、病気である以上は治る見込みがあるんだ」
自分だけ甘えてサボってダメな人間だと思っていたから救われる思いがした。
今思えば、中高生の頃から症状は出ていた。
原因としては母親を刺激しないようにと生活していく中で、自分で作り出したルールだったんだと思う。それに縋ることが誰にも相談できない頼れない僕少年にとって、依りしろであり鎧だったんだろう。そういう思考から脱却できないまま今に至り、自分で決めたルールにがんじがらめになったり、どうしようもない不安に襲われるんだろう。
ただ大きく私生活や仕事に出ているわけではないから特に治療はしていない。
異常だと気がつけたことで冷静になれるようになった。
コンビニで何も買わずに出るときに、「万引きに間違われるんじゃないか」とか「誰かが僕のカバンの中に商品を忍ばせているんじゃないか」とかは、自分でも馬鹿馬鹿しい妄想だと打ち消せるようになっている。
一番苦しかったのは勉強。
一文一文、一単語一単語細かく完璧に理解しないと気がすまなくなった。
国家試験の勉強はそこまで細かくやらずとも、重要であったり出題率が高いところは大方決まっているから要領よくやれる人なら何ら問題ないはずである。
ただ僕はさらっと流すべきところや、そのまんま覚えてしまえばいいところを細かく深く理解しようとしていた。その結果、2~3時間勉強して1ページしか進まなかったり、時には2~3行しか進まないこともあった。
こういった強迫性障害による症状は色んな形で現れ、それによってひどく疲弊する。
生きづらさや息の詰まる思いをして生きることが本当に苦しかった。「何でみんなはそんなに平然と笑って生きているんだろう」と妬みに近い感情をもってしまうこともあった。
でも最近になってようやく「これはおかしいんだ」という自己暗示が効いてくるようになった。繰り返し繰り返し自分に言い聞かせた。少しずつ改善していく中で心も体も軽くなっていくように感じた。
「君は今、自分で決めたルールにがんじがらめになってるだけだよ」
これは映画「ヒミズ」の台詞だけど、これも自分の中で何度も反芻して言い聞かせた。
僕は自分が許せなかったんだと思う。
家庭が崩壊していく様を一番近くで見ていながら何もできずに逃げた自分を。
だから自分にルールを作って厳しく厳しく世界を構築していったんだと思う。
自分で蛇口を思い切り固く締め、針金でがちがちに固定した。
今になってやっと少し緩めることができていると思う。固く締めすぎたからお湯がドバドバ出るようになるまではもう少し時間がかかるかもしれない。
でもこのまま上手に緩めていけばその内暖かいお風呂に入って、心と体を休められる日が来るはずだ。もう吹雪の中、裸で外に立っていなくて良い。
僕は少しずつ自分を許せるようになってきている。